ないものよりも、あるもの探そう!
こんにちは。
おりょー♪ でございます。
いつも遊びに来て下さり有難うございます。
お陰様で今日も元気です。
さみーね!!!
師走だから、こんなもん???
寒いと、やっぱり体が痛いよー。
この痛みこそ、
私が生きてる証♡
こんな日は、天使のまーたるさんの言葉を思い出し、励まされ、それに倣い、私も前向いて上向いて歩くよー(まだ巣篭もりだけどさ)
まーたるさん、言霊を有難うございます!!!
さて、不思議なことが起こるものです。
一昨日は「師走」「クリスマス」「ニューヨーク」「義母への想い」等々を書きましたが、翌日である昨日、サプライズが届きました!!!
なんと義弟ファミリーから!
はるばるニューヨークから!
文字通りのサプライズ!!!
驚くほど絶妙なタイミングでした。
だってぇー
私、義弟たちのこと、忘れていたんだもの。
亡き義父母や、叔母のことばかり思い出して、切ない、哀しい、寂しいって気持ちばかり探して拾っていた、、、。
でも、
今までも、ずっと、
義弟だって一緒に居てくれたんだった!
「かなり早いけど、思い出したから、クリスマスプレゼントを贈るよ!」
そうだった。
普段は自分勝手で自由人な義弟なのに、いつも、こういう事は欠かさずに、ちゃんとできる人だった。
振り回される事が多いので、つい「ウザい人」扱いしちゃうんだけど、
「姉ちゃんのためなら、なんだってするよ!」
そんな事も言葉で伝えてくれる熱い人だった。
私が最初に乳がんの手術をした時は、地蔵ちゃん、まだ小学一年生で、一週間も母が留守になったら可哀想だからと、ニューヨークから飛んで来てくれた。
ランチを作って持たせたり、スクールバスのバス停でママ友談義に加わったり、学校に招かれて、当時やっていた美術館での仕事について子供達にレクチャーしたり、帰り道は回転寿司屋さんの納豆巻まで食べたりしたとか、なんだか馴染んでくれていた。
実に愛情深い人なのだ。
自分が結婚して、自分に娘が生まれるまでは、地蔵ちゃんを人生の中心にして世界一優先して愛してくれて来たのだった。
亡き義父の分までダブルだよ!って。
泣けて来たーーー。
ああ、忘れるだなんて、
わたし、愚かだった。
ごめんよ、義弟!!!!!
「今すぐ、みんなで飛んで行きたいよ!」
なんて言葉をかけてくれる人が居る。
もう居なくなっちゃった家族じゃなくて、
まだ居てくれる人達を大切にしよう!!!
ないものじゃなくて、
あるものに感謝しよう!
だって、私たち、
生きてるんだもの!!!
また大切なこと、思い出せたよー。
有難うね!!!
因みに、真面目な夫と対照的で、義弟は超お調子者のピエロ系です。私は笑いのツボが人とズレているのか、お笑い、漫才、落語は笑えないのですが、義弟には腹が割れるほど笑わせて貰えます。とても有難く稀有な存在ですね!
なので、より一層、残念!!!
今年のクリスマスは笑えないのか、、、
コロナが落ち着いたら、逢いたいなぁ。
<今日の写想>
姪っ子が私のために描いてくれたよ!
三歳で、この一枚を仕上げた集中力は偉い!
義弟からの手紙。
To My Beautiful Sister...
で、早くも号泣、、、
くー、いい奴じゃねーか!!!
そうだった、そうだった、
義弟は、いつも変わらず、惜しみない愛を注いでくれる人だった。
ちょうど禿げ落ちる頃合いを見計らったかの様に、義妹(義弟の嫁さん)からターバン?が。
タイムリーで素晴らしい!!!
マリ共和国のバティックだって。
今までアジアのものしか触れた事がなかったのだけど同じ匂いがするの!
土地は違えど芸術と技術は同じって、文化って不思議ですね。
(カツラ7個、あつらえなくっても良いね!)
昨年のクリスマスは、義妹が私の滋養のために美味しいご馳走を山ほど作ってくれたっけ。
今日おりょー♪ は曇り空みたいに、泣きたい気持ちです。感謝が溢れて止まりません。
そうだ、またジョンを聴こう!!!っと。
【昨年のクリスマス頃の記事です】
最後まで読んで下さり有難うございます。
おりょー♪ は幸せ者でございます。
どうぞ、今日も愛に包まれたハッピーな時間を過ごされます様に。
愛をこめて・・・